公益財団法人古代学協会

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◇ 経  歴

氏  名:板垣 優河(いたがき ゆうが)
生  年:1993年 京都市生、京都市在住
学  歴:2016年 京都府立大学文学部卒業
     2018年 京都大学大学院文学研究科修士課程修了
現  在:京都大学大学院文学研究科博士後期課程・日本学術振興会特別研究員


◇ 受賞論文

石器使用痕からみた打製石斧の機能-縄文時代生業の復元に向けて-
(『古代文化』第69巻第2号、2017年9月)


◇ 受賞理由

 打製石斧は縄文時代中期(約5,300~4,400年前)の関東・中部地方で爆発的に増加し、後期以降には西日本でも多く出土する。しかし、打製石斧とは誤解を招く名称で、そのほとんどが土掘り用の道具である。石器の使用痕分析からこれを本格的に論じたのは、1973年(昭和48)の古代学協会による京都府舞鶴市桑飼下遺跡の調査を嚆矢とする。
 本論攷は、そうした先行研究を批判的に検討し、新たに石器の機能推定のための実験データを提示するとともに、そこで得た分類基準をもとに中部地方を中心とする打製石斧の機能分類を行い、考古学的手法による縄文時代生業復元への展望を切り拓いてみせる。
 前半の「打製石斧の実験使用痕分析」では復元製作品による使用実験を行い、刃部の前主面(作業者からみて手前側の面)と後主面(作業者からみて向こう側になる面)に形成された摩耗痕の長さの比をもとに、打製石斧がS類(鋤先)とK類(鍬先)に分類できることを示す。木柄の先端に柄と平行するように装着し鋤先として使用した場合には前主面・後主面の両方に摩耗痕が刃部から深く入り、両者の長さの差は2倍未満となる。一方、柄の先端に柄に直交するように装着し鍬先として使用した場合は、後主面において摩耗痕の進入がより深くなり、前主面の3倍以上となる。そして、これが遺跡から出土した打製石斧の使用痕(磨耗痕)をもとに石器の機能を推定するための基準となる。こうした視点は先行研究にもあるが、鋤先と鍬先の区別を数値で明確に示した点は高く評価される。また、製作・使用した石器10点すべての図面や写真を提示し、石器製作、柄への装着、掘削作業について詳細に記述するなど、実験データの提示方法も優れている。今後、実験点数を増やし、土壌環境別の実験が加わればさらなる発展を期待できる。
 第二部の「遺跡出土打製石斧の使用痕分析」では、桑飼下遺跡と長野県に所在する13遺跡から出土した2,400点を超える打製石斧について肉眼による使用痕観察を行い、1,100点近い資料について刃部の表裏の摩滅痕の範囲をデータ化している。それにもとづき、河川に面する桑飼下、千田、屋代、新井原の各遺跡では鋤先(S類)が優勢で、一方、八ヶ岳山麓の長峯、聖石、大石、曽利、藤内では鍬先(K類)が多数を占めることを明らかにした。十分な資料数の観察に立脚し、河川に接する低地と高燥高冷な山麓という環境差による打製石斧の用途の違いを明確に指摘したことは非常に重要な成果である。また、K類は広い範囲を薄くはぎとる機能を示唆することから、八ヶ岳山麓における縄文時代のワラビ根茎利用を推測するなど、民俗学的視点も取り入れつつ分析結果の解釈に向かう姿勢には、学際的研究への展望をみることができる。
 以上のとおり、板垣氏の論攷は実験手法の客観性、良好な分析結果、学際的研究への発展性などにおいて高く評価でき、本賞にふさわしい。


◇ 主な著作・論文等

・「打製石斧の機能分析―石器の装着法と掘削対象土を中心に―」(『古代』第144号、早稲田大学考古学会、2019年)
・「長野県八ヶ岳西南麓における縄文時代の生業活動―石器機能分析からの推定―」(『長野県考古学会誌』158号、長野県考古学会、2019年)
・「縄文時代の植物食料化活動―近畿北東部の石器使用状況に着目して―」(『古文化談叢』第83集、九州古文化研究会、2019年)